五七は日本古来の詩形である。というよりも歌謡といってもいい。
元は和歌(長歌)である。文字通り和の歌だね。その歌い継がれたものがいろんな分野に分かれ多様な詩形として確立されていく。飛鳥奈良の頃は万葉集、平安鎌倉の頃は古今集と新古今集など歌集も編纂された。万葉集では詠み人知らずの中には農民や庶民の身分の詠み人もいて、古代からその識字率などの文化程度が相当高かったと推測されている。それまでには梁塵秘抄などの今様歌、旋頭歌という詩形もある。江戸の頃ではとうとう洗練され削り取られた俳句という詩形が生まれるに至った。俳句が生まれた頃には川柳、狂歌、都々逸という庶民のわかりやすい娯楽文芸も生まれている。鎖国の江戸時代が暗黒世界だと誤解されがちだが、国学などが発展、当時の庶民にまで文藝文化が発達した豊穣の時代だったのですよ。
遊びをせんとや生れけむ戯れせんとや生れけむ 遊ぶ子供の声きけば我が身さえこそ動(ゆる)がるれ
仏は常にいませども現(うつつ)ならぬぞあわれなる人の音せぬ暁にほのかに夢に見え給ふ
白河上皇(平安時代) 梁塵秘抄
*写真は今様歌謡の装束
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