22春(立春前).3

 

 

 

   男ゐる遠景に未だ冬去らず 

             能村登四郎

 

                冬終わる=冬の季語

      

 この男は一体何をしているのだろう? もうすぐ春が来るというのに何かうら寂しい男の姿が遠くに見える。

なかなかに味わいある句であることよ。

 

 目標の北九州マラソンが潰えて、どもラン練に身が入らなくなった。ラン練に特にフル以下の距離の種目は明確な目標がないとラン練が張り合いのないものになる。目標があればSNS にそれを公言して自分にプレッシャーをかけ逃げ場がない様にも自分を持っていきその過程を自ら楽しむということもできる。どうにかしてなんとか目標を見つけねば。この様なことが書ける様になったのは、実は去年しつこい腰痛が改善したことにある。

ランニングに影響のある腰痛が出たしたのは60歳半ばのこと。若い頃よりぎっくり腰で腰痛が常態化していたのであるが走りに深刻な影響が出るほどのことでもなかったのだ。4~5年前くらいから腰部の背面筋膜にねじれる様な、また引っ張られる様ないやな鈍痛が表れだした。ランニング練習だけではなく長時間のドライブ時にもその痛みは顕著になって、とうとうハイパー試走会320kmの時には無理したせいか、その痛みは決定的なランニングの障害になったしまった。それからのラン内容は全く悲惨なもので走り出してすぐに腰にねじれる様な痛みが走り出し最高速キロ7分30秒が精一杯、10キロ超えるとキロ9分以上でないと走れなくなった。それでもラン練は怠らず月間500キロを走った月もあった。でもその遅いランスタイルとフォームは定形化してしまい、歩きに毛が生えた程度のものになってしまったのだ。つづく。

 

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コメント: 2
  • #1

    L 427 (水曜日, 02 2月 2022 09:53)

    待ち望んでいたブログ再開、ありがとうございます!お陰様で楽しみが増えました!(^^♪

  • #2

    銀蔵 (水曜日, 02 2月 2022 15:50)

    言の葉を紡いで 微睡んだ泡沫
    旅人迷い込む お伽の深い霧
    さしのべた掌 そっと触れる予感
    受け止めて零れた 光の一滴

    面影虚って 微笑んだ幻
    想いの果てる場所 まだ遥か遠くて

    求め探して 彷徨って やがて詠われて
    幾千 幾万 幾億の 旋律となる
    いつか失い奪われて 消える運命でも
    それは忘れられる事無き 物語


    指先を絡めて 触れる誰かの夢
    刻まれた思いの こだまだけが響く
    言の葉を紡いで 微睡んだ泡沫
    旅人の名前を 御伽噺と云う

    求め探して 彷徨って やがて道となり
    幾千 幾万 幾億の英雄は往く
    いつか失い奪われて 消える運命でも
    それは忘れられることなく 此処に在る
    求め探して 彷徨って やがて詠われて
    幾千 幾万 幾億の 旋律となる

    いつか失い奪われて 消える運命でも
    それは忘れられること無き 物語